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2008年8月の11件の記事

2008.08.31

イオンモール草津のテナント

この記事は

イオンモール草津のテナント 第3版 (←そのままリンクしてます)

に統一するため削除しました。
リンク先の第3版をご参照ください。

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2008.08.23

ウチの3姉妹in旅先

昔から「かわいい子には旅をさせろ」て言いますが、今回の北海道行きは、ウチの3姉妹の末っ子(V3)には有意義だったようです。

とにかく2歳6ヶ月という年齢ですから、アタマがスポンジのようにあらゆるものを吸収します。旅先で観るもの聴くもの、すべてが新鮮だったようで、言語のボキャブラリーが一週間でいっぺんに増えたように思えます。

でも残念ながら北海道に行ったこと自体は記憶には残らないでしょう。

真ん中の幼稚園児2号は、今回の旅行が割りとしっかりと記憶に残るでしょう。知床で道路端にエゾシカやキタキツネが出てきたとき、眼を見張って観察してました。そこがサファリパーク内の道路ではないことも理解しています。連れてきた甲斐がありました。

よー判らんのは長女の1号。前回アメリカ・カリフォルニアのディズニーランドに行った折には、飛行機の席が窓際でなかったので泣き叫んだことから、今回はJALのスマイルサポートにお願いして窓際の席を指定してもらったのに・・・寝てやがる。2号が知床で眼を輝かせてキタキツネを観ているときも、隣で・・・寝てやがる。とにかくレンタカーでの移動中は母親ともども・・・ほとんど寝てやがる。そのくせ昼食でラーメン店に入ると、ラーメンには眼もくれずひたすら店内据え付けのマンガを読む・・・。連れてきた甲斐・・・不明。

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2008.08.18

多治見市の「うながっぱ」

うながっぱは岐阜県多治見市のイメキャラです。Hi361854

多治見市は昨夏に熊谷市と時を同じくして、観測史上日本最高気温を記録した街です。このうながっぱはそれを記念(?)して出現したキャラクターで、名目上では暑さにマイる多治見市民を助けるため、実際には日本一暑い街のPRのために登場したキャラクターと言えます。

写真にある通り、この多治見駅前にあるうながっぱ看板(温度計を持ってます)には「日本一暑い!多治見へようこそ」というキャッチコピーが添えられた記念撮影台が付けられています。これを見る限りでは、完全に暑さを町おこしというか観光PRの一環として使ってますね。

ただ、地元紙にも一部取り上げられていますが、うながっぱを売り出す費用を、暑さを少しでもやわらげる方策にまわすほうが先決という見方もできます。

ワタシ、昨年の8月16日(最高気温を記録した日)に僅かな時間ながら多治見市におりました(そのときの記事です)が、40度超えってハンパじゃなかったですよ。屋内にいても熱中症で倒れる人が出るのもムリじゃない暑さでした。

もしうながっぱをPRした結果、想定外の収入が得られたのなら、多治見市はぜひ暑さ対策にまわしていただきたいと思います。

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2008.08.17

水道水入りペットボトル

道内に限らず、クルマでの移動中にコンビニエンスストアを休憩処点にすることは、最近では当たり前になっています。
そんな中、小樽市、旭川市のコンビニエンスストアで、水道水が500mlのペットボトルに入れられて100円で販売されているのを見かけ購入しました。Hi360010
ラベル裏には水道水であることと、取水地や販売母体(つまり水道局名)がきちんと表記されていました。
確かに美味しい水です。ただし500mlで100円というのは、水道水だと思えば高いわなぁっていうのが正直な印象です。
東京都昭島市だって市内のコンビニエンスストア限定で水道水を売ってみれば?と思いました。
画像は、その小樽市の水道水と、売店で買いましたが特に自分には美味しいと感じられた網走市の水道水です。

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2008.08.15

支笏湖の透明度

ワタシ、以前に
「日本一透明度の高い摩周湖で自分のアタマをシャンプーしてやろう」
という不埒な事を思ったことがありました。
幸か不幸か(謎)観光客は摩周湖の湖岸に達することはできませんので、このような世界遺産を破壊するような蛮行は犯さずに済みました。
一方支笏湖は、観光客が簡単に湖岸に降り立つことができ、ボートにも乗ることが出来るのですが、かつてそのボートに乗ったとき、湖水の透明度に驚きました。
どう表現すればいいのかなあ・・・あまりに透明度が高いがために、かなり沖合いに出たのに湖の底がハッキリ見える。ボートから湖底まで優に10mはあるかと思われるが、まるで自分の乗っているボートが地表から10m上空に浮かんでいるような錯覚にとらわれて、落ちたら死ぬかもという恐怖感を味わってしまう・・・そんな感じです。
その感覚を家族に体験させてやりたくて支笏湖のボートに乗り込んだのですが・・・明らかに透明度は以前より落ちていました。080807_5
原因は様々な要素が加わった結果だと思いますが、やっぱり残念です。あのとき感じた「ボートから転落死してしまいそうに思えてしまう透明度」を、ぜひもう一度味わってみたいです。
沖縄・八重山の竹富島でグラスボートに乗ったときの船頭さんも
「昭和40年代のサンゴ礁と海水の美しさは、こんなもんじゃなかった」
と話しておられました。
こういうのって、みんな今のうちに観ておかなければならないのでしょうか?

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2008.08.14

海から見たカムイワッカの滝

前回に続いて知床の情報です。
ワタシ、前日に「エゾシカもたくさん道路際まで出てきて」と書いたのですが、どうも今の知床ではエゾシカの生息数が増え過ぎているらしいのです。
エゾシカは冬季にさしかかって食料が不足してくると、特定の木々の樹皮を食べます。樹皮をまるまる一周分食べられてしまった木は枯れてしまいます。エゾシカの個体数が増え過ぎると、枯れ死する樹木が増えて、最終的には知床の生態系バランスが崩れるのでは?と危惧されています。
現にワタシ、22年前はエゾシカ見かけませんでした。
あとヒグマの目撃例も、ワタシが目撃した22年前からは比較にならないほど増えているようです。これも「何かおかしくなっている」からだと思われます。
いつか知床へ行ってみたいと思っておられる方へ
・野生のヒグマを見たいなんて期待しないでください。
・ヒグマを見たいがためのムリな行動はとらないで下さい。襲われたら十中八九死にます。
・キタキツネに出会ってもエサを与えたり、ましてや触れたりしないで下さい。キタキツネは恐ろしいエキノコックスのホストです。
画像は知床観光船から眺めたカムイワッカの滝です。080813_1
このとき乗船した「オーロラ号」という船、冬の間はどうしてるんだろうと思ったら、網走港で観光砕氷船になっているんですね。知りませんでした。

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2008.08.13

22年振りの知床

知床を訪れたのは22年振りになります。
久しぶりの知床で驚いたことは、ウトロの街が賑やかになっていることです。
高い建物が増えているし、道路が付け替わって拡幅されてました。以前はもっとひなびたイメージがあったのですが、あまりの変わりように、自分がどこを走行しているのか分からなくなりました。
それと落石事故防止のためということですが、マイカーでは知床五湖より奥には行けません。カムイワッカの滝へ行くなら、ウトロからシャトルバス(夏季限定運行)に乗ることになります。そのカムイワッカの滝だって第一滝までしか行けません。
22年前、ワタシはマイカーで知床五湖から知床大橋へ向かう途中のダート道路で、野生のヒグマに出くわしました(本当です)。クルマの中にいたとはいえ、20mほど先に立っているヒグマの姿を直視した瞬間の驚きは今も忘れません。
知床大橋までクルマで行けて、ヒグマに出くわしたという様相は、22年前と今ではかなり異なるようです。
画像は知床五湖付近で車窓を横切っていったキタキツネ。080812_2 昼間にキタキツネが道端に出てこようものなら、写真を撮るために立ち止まったクルマでちょっとした渋滞が発生するほどですが、日が暮れる頃になるとウヨウヨ(笑)出てきます。これは22年前と変わりません。
あとエゾシカもたくさん道路際まで出てきて、その画像もあるのですが、パッと見た限りでは奈良公園みたいですのでここでは割愛します。

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2008.08.12

ルスツリゾート立ち乗りコースター

昨年のゴールデンウイーク、大阪のエキスポランドで残念な事故が発生してしまった立ち乗りコースターです。
エキスポランドの物は、今年4月から6月にかけて撤去されたようですが、ここルスツリゾートには健在でした。080808
日常の点検整備さえしっかり行われておれば、そんなに事故が多発するようなアトラクションではないと思われるのですが、イメージの問題もあるでしょうから、今後国内のテーマパークに新たに設置されることは・・・ないでしょうね・・・。

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2008.08.11

上富良野のラベンダー畑

上富良野の日の出ラベンダー公園を訪れました。
映画撮影のため、今年は早くからラベンダーの刈り取りが行われたということで、花は僅かしか残っていませんでした。080810_4
ワタシはラベンダーが好きです。
トイレの消臭剤を連想するからと酷評される方もおられますが(笑)、それでも本当のラベンダー畑に漂う芳香は魅力があると思います。

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2008.08.10

旭山動物園ほっきょくぐま館

お盆休み中の日曜日ということで、たいへんな混雑です。080810_2
ほっきょくぐま館の、あの有名(?)なカプセル。顔を出すのに30分待ち。
しかも確実にホッキョクグマが観られるとは限りません。

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2008.08.03

【太平洋戦争】みなさまにお願いがあります

今回の記事だけは、みなさま、しかるべき所にリンクを貼っていただけたら・・・と思っています。

これは私の母が昭和19年から20年にかけて体験した、ちょっと妙な話です。

当時尋常小学校五年生だった私の母の実家は、京都市伏見区の国鉄奈良線(現JR西日本奈良線)稲荷駅至近にありました。

戦局も終盤となった昭和19年頃、その奈良線に時々見慣れない列車が走り出しました。お客の乗っている列車ではあるのですが、車内から外が見えないよう、全ての窓に日よけが降ろされていました。

そんなある夜、その「見慣れない列車」が稲荷駅に停車しました。対向列車との行き違い(当時奈良線の稲荷駅前後は単線区間でした)のため停車したのですが、連結両数が長いため、後ろのほうの車両はホームをはみ出して、大和街道との踏切をふさぐ格好で停まっていました。

日よけが全て降ろされた奇妙な列車に興味津々だった母は、踏切のところまでやってきて、その列車を眺めていました。すると列車のひとつの窓が静かに開き、中から兵士がそーっと顔を出しました。母の姿を認めた兵士は、そのまま窓から踏切にいる母に、声をひそめて呼びかけました。

兵士「ねえ、キミ。何年生?」

母「五年生です」

兵士「そう。大きいね(注:母は成人時に身長166cmありました。この時代の女性としては大きいほうです。だから五年生にしては大きかったのでしょうね)」

母「・・・」

兵士「ねえ、ここはなんて駅だい?」

母「ここは稲荷という駅です。京都駅からひとつ手前の駅です。」

兵士「そう、京都の手前なんだ。それでキミにひとつお願いがあるんだ。このハガキを出してくれないかい?」

そう言うと兵士はハガキを取り出し、列車の窓から母のほうへ向かって投げました。母がそれを拾うと、小さな「頼んだよ」という声を残して窓が閉まってしまい、まもなく列車は京都駅方向へ走り出しました。

母はあわてて家に帰りました。何か悪いことをしてしまったような気がしたのか、妙に後ろめたい感情がわいたのか、ハガキのことを家人に何も言わず、そのまま自分の部屋に駆け込みました。

あらためてハガキを見直してみると、宛て先が書かれており、裏には、おそらく故郷の家族に宛てたと思われる文章が並んでいます。その文章の内容というのが、普通に兵舎から投函した場合には、間違いなく検閲に引っかかるものであることが小学五年生の母でも判ったのです。

そこで母は、そのハガキを封筒に入れ、ハガキに書かれていた宛名をそのまま写し書きして、自分のお小遣いで買った切手を貼り、ごく普通の小学生が書いた封書にして投函したのです。

驚いたことに、母はその後も昭和20年夏までに、同様のハガキの再送を2~3回行なったということです。

母はこの暑い時期にテレビで放映される戦争に関する特別番組を観るたびに、あのとき投函した複数のハガキが、果たして無事に宛て先(兵士の実家か故郷でしょうね)に届いたかどうかが気がかりだと言います。母は怪しまれないようにリターンアドレスの部分には自分の名前と住所を書いておいたというのですが、戦争中も戦後も今に至るまで、それらのハガキの宛て先からの問い合わせはありません。

昭和9年生まれの母は、すっかり老いてしまいました。もうあまり時間がありません。

それでみなさまにお願いです。

みなさまの身近に、昭和19年から20年にかけて、兵士が書いたハガキが内封された小学生の字で書かれた奇妙な封書を受け取られた方はおられないでしょうか?

もし手がかり等をご存知の方がおられましたら、右下のメールリンクからご連絡賜れば・・・と思います。

一応、いくつかのヒントになる事象だけ書かせていただきます。

・母の見た列車は間違いなく兵員輸送列車と思われます。行き先や経路を秘匿するため、窓に日よけがおろされていたものと推察します。

・母の見た列車はすべて京都方面行きでした。京都からは名古屋にも神戸にも舞鶴にも行けます。

・母の記憶では、それらの兵士の言葉は標準語に近いアクセントだったといいます。

62~3年前の出来事です。もしハガキ入り封書を直接受け取られた方が当時30歳であったとしても、もう90歳を超える御年になっておられることになります。あまりに古い出来事なので今になってお願いしても、手がかりをつかめることは非常に困難だとは思いますが、ネットでの連絡網が発達した今なら、ひょっとしたらハガキを受け取られた方のご子息やお孫さんが・・・と思ってお願いする次第です。

この記事、できるだけ広い範囲に告知願えたらと思います。よろしくお願い致します。

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