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2010年7月の10件の記事

2010.07.30

定点写真 その10 京都 京都駅前

定点写真シリーズ、第10弾は京都・京都駅前です。

Kyotoekimae74081

1枚目の画像は1975年8月に、京都駅前の烏丸通りと塩小路通りの交差点南東角から京都タワービル方向を撮影した光景です。

画面の中央にある電車は烏丸通りを終点の京都駅前に向かって走行しています。また画面手前のレールは市電京都駅前電停の東乗り場と西乗り場を結ぶ連絡線であって、営業路線ではありません。

電車の背後にあるビルは京都タワービルです。このビルの上に高さ100メートルの京都タワーが鎮座しています。実際ビルに「タワー入口」という表記がありますね。

画面右奥に見えるルネサンス風の雄大なビルは丸物百貨店です。京都物産館として開業し、駅前デパートの草分け的存在でした。現在のパルコ池袋本館や渋谷パルコも丸物百貨店でした。

2枚目の画像は、2010年現在の、1枚目の画像とほぼ同位置同アングルで撮影したものです。

Kyotoekimae74081_1

1枚目の電車が走行していた京都市電烏丸線は、1977年9月30日限りで廃止になりました。手前の連絡線は一部が市電全廃後も残存していましたが、1980年末に撤去されました。

大きく変わったのは丸物百貨店です。1枚目の画像撮影の2年後に京都近鉄百貨店となりました。その後も増床や改装を重ねて営業し続けていたのですが、ジェイアール京都伊勢丹の開業による業績悪化から2007年に閉店。建物は解体され、新たに2枚目の画像のような建物が新築されています。この新しい建物はヨドバシカメラなんです。この秋に開店予定です。

こうして見るとタワービルが、細かいところに改装箇所があるものの、全体的にはさほど大きな変化がないことがわかります。このビルは1964年の建築。まもなく築50年を迎えます。上部に京都タワーがあることから考えて、大規模な改装は行なわれない・・・というか行なえないのでしょう。まだしばらくはこの景観が続きそうです。

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2010.07.28

定点写真 その9 京都 金閣寺道

定点写真シリーズ、第9弾は京都・金閣寺道の光景です。

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1枚目の画像は(再掲載ですが)1978年3月19日の、金閣寺道電停を発車して、西大路通りを南に向かっている市電を撮った光景です。バックに左大文字が見えます。金閣寺はまったく見えません(爆)

実はこの当時も西大路通りはクルマの往来が盛んでした。こうしてクルマが写ってなくて電車だけが目立つ写真って、今から考えると日中によくぞ撮れたものだと感心してしまいました。

2枚目の画像は、2010年現在の、1枚目の画像とほぼ同位置同アングルで撮影したものです。

ゲッ!左大文字がまったく見えなくなっている!

Kinnkakujimae780319_1

あまりに見事に見えなくなっているため、立ち位置はもちろん、ひょっとして撮影場所自体が間違っているのかと思ったほどでした。でも画面左の金閣寺正面からの側道の存在が、この2枚の画像が同一場所であることを示しています。

ちなみに金閣寺の正式名は「鹿苑寺」です。同様に銀閣寺は「慈照寺」です。

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2010.07.26

定点写真 その8 京都 烏丸車庫

定点写真シリーズ、第8弾は京都・北区の旧「烏丸車庫」周辺の光景です。

Karasumashako7708171

1枚目の画像は1977年8月17日に、北大路通り南側から、北側の市電烏丸車庫にカメラを向けて撮影した光景です。

路面電車や路線バスには必ず車庫があります。その車庫前の電停名(バス停名)は、〇〇町とか××3丁目という名称ではなく、多くが「〇〇車庫前」というふうに付けられていました。京都市電の場合、壬生車庫前、烏丸車庫前、九条車庫前、錦林車庫前の4つの車庫前電停が存在(北野線の北野車庫前の電停名は「下の森」でした)し、ここ烏丸車庫は基幹となる系統を多く受け持つ大きな車庫でした。そしてこのあたりの地域名の総称も「烏丸車庫」でした。

Karasumashako7708171_1

2枚目の画像は、2010年現在の、1枚目の画像とほぼ同位置同アングルで撮影したものです。

大きく大きく変わっています。

1978年(昭和53年)の市電廃止後、市電烏丸車庫は市バスの車庫として使用。ほどなく1981年の地下鉄烏丸線北大路駅開業時から、北大路バスターミナルと地下鉄車両整備施設が併設。さらに1994年には2枚目の画像のように大型ショッピングモール「キタオオジタウン・北大路ビブレ」が建設され、バスターミナルは地下に移設されました。

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ちなみに2枚目の画像を撮影したときの立ち位置。30年以上前の記憶を頼りに、できるだけ1枚目の画像撮影時の立ち位置に近付いたつもりですが、ちょっと左に寄っているかもしれません。立ち位置の目標が見つけられないほど様変わりしています。

その「立ち位置」を道路向かい側から斜めに撮影したのが3枚目の画像です。78年9月15日の様子です。

電車の右側にある高い建物は教会です。その右隣はパチンコ屋さんです。教会の隣がパチンコ屋さん(笑)

現在は4枚目の画像のようにパチンコ屋さんはなくなっています。

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教会は昔のまま健在ですが、高い建物が増えています。ここは30年の歳月通りに変化の大きい場所だと言えます。

京都では交差点の名称を、その交差する通り名を重ねることによって表します。四条通りと烏丸通りの交差点は「四条烏丸」。千本通りと今出川通りの交差点なら「千本今出川」となります。

それならここも「烏丸北大路」と呼ぶべきところなんでしょうけど、普通に京都市民は「北大路駅」とか「北大路バスターミナル」て呼んでいます。40代以上の人なら「烏丸車庫」でも通用します。マクドナルドの「烏丸北大路店」も、開店以来長い間「烏丸車庫店」って名称でした。

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2010.07.25

ウチの3姉妹 居酒屋初体験

猛暑も何のそのと今日も大暴れのウチの3姉妹ですが、今夜は居酒屋初体験を味わいました。

近所に食べるものがなかなかおいしい居酒屋さんがありまして、みせすれじぇんど氏が一度そこで夕食をとろうと考えていた計画が、たまたま今夜実現したのです。

まあ居酒屋とはいえ、当然ウチの3姉妹はお酒は飲みません(笑)。ジュースと焼き鳥(!)と雑炊で1時間半を過ごしました。ファミレスとは明らかに異なる雰囲気に圧倒されるかと思いきや、画像のようなはしゃぎようでした。ワタシは責任取って(謎)飲んでばかりいました。

今日は昼間から飲んでばかりいたんです。町内のバーベキュー大会に昼から参加してまして、そこで食べずに飲んでばかり。当然ウチの3姉妹も参加してましたから、結果的に昼間から夜までジュース飲んでばかりという結果になりました。

このバーベキュー大会でちょっとした事件(笑)がありました。

焼き始める前にNPOの方が市役所の職員さんと共にいらして、資源を大切に使うPRをされました。

そこで

「レジ袋を10枚作るのにコップ1杯分の石油が使われます。実にもったいない話です。では日本国民ひとり当たり、1年間に平均何枚のレジ袋を使っているでしょうか?」

というクイズがありまして、当てられたウチの3姉妹の長女「1号」があっさり正解を言いました。

驚きましたよ。

NPOの方も驚いて「よく知ってたわねぇ!えらいえらい!なんてお名前?お父さんお母さんはどこに座ってるの?ふだん本をよく読むの?」と質問責めにあう結果に(笑)

あとでワタシが、どこで知ったのか問い詰めたらカンニングしていたことを白状しやがった・・・がっかりでした。

ちなみにみなさん、レジ袋の答え、わかりますか?

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2010.07.24

定点写真 その7 京都 北大路橋

定点写真シリーズ、第7弾は京都・北大路橋です。

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北山連山から流れ出た賀茂川にかかる、北大路通りの橋。それが北大路橋です。

この川、このあたりでは「賀茂川」と呼びます。出町で高野川と合流してから「鴨川」と呼ばれるようになります。

「鴨川」は京都に観光に来られた方ならご存知ですよね。そう、京都市の中心部、四条通りや三条通り、先斗町あたりを歩くと必ず出くわす、あの大きな川です。夏には川床(ゆか)と呼ばれる納涼床が並び、冬にはユリカモメの乱舞が見られます。

1枚目の画像は1978年9月17日に撮影した、北大路橋の様子です。橋上には市電が走行しています。河川敷にはおもいおもいに散策する方々の姿が多く見られます。

2枚目の画像は、2010年現在の、1枚目の画像とほぼ同位置同アングルで撮影したものです。

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ここも、前回の徳成橋と同様に、実は大きな変化がないんじゃないかと思って来てみたのですが、河川敷がかなり様変わりしていたのに驚きました。

北大路橋自体は、京都市電こそ無くなったものの、橋の形状にさほど大きな変化は見られません。遠くに見える山並みもそう変わりはありません。

ところが1枚目の画像に見られる円形の花壇だけが変わっていました。このあたり、一般道から河川敷に降りる道筋のバリアフリー化整備により、花壇のあった箇所を中心に道筋が作り変えられたのです。

ただし、30年の月日をはさんで、それ以外の光景に変化があまり見られないところが京都の特徴と言えるかもしれません。

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2010.07.22

定点写真 その6 京都 左京区徳成橋

定点写真シリーズ、第6弾は京都・左京区岡崎徳成町にある、疎水にかかっている東山通りの橋「徳成橋」です。 川端警察署の前の橋といえばお判りになると思います。

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1枚目の画像は1978年9月17日に、その徳成橋の下流の橋上から、東山通り徳成橋上を走行中の市電を撮影した光景です。

手前で魚釣りをしている少年たち・・・今は40歳越えたオサーンになってしまってますでしょう。

疎水の川面に電車がほどよく映ってますね。橋を渡る京都市電の写真といえば、鴨川に架かる大きな橋というのが定番ですが、この規模の川と橋の組み合わせというのは、意外とありそうで無かったのです。伏見線が無くなってからは、疎水に架かる市電の橋は実態的にはここだけだったように思います。

2枚目の画像は、2010年現在の、1枚目の画像とほぼ同位置同アングルで撮影したものです。

Tokuseibashi780917_1

なんや?徳成橋の形が変わってしまってるやん。

架け替えられて橋脚が無くなってるし、よく見れば道路のカドがかきとられて、画面手前から東山通りを左折するのがラクになっている。

実は、ここの光景は30年経った今も、旧景とさほど変わらないだろうと勝手に思い込んでいたのですが、細かい部分で変化がけっこうみてとれますね。

それにしても樹木の成長ぶりには驚かされるばかりです。

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2010.07.20

定点写真 その5 京都 京阪電車七条駅

定点写真シリーズ、第5弾は京都・京阪電車七条駅の光景です。Nanajyoukeihann780903

1枚目の画像は1978年9月3日に、京阪電車七条駅の上りホーム上から北方にカメラを向けて撮影した光景です。

画面の左右を横切るのは、京都市電七条線です。つまりここは路面電車である京都市電と、都市間連絡鉄道である大型の京阪電車が平面交差していた場所です。(京都市電と京阪電車本線がこのように交差していた場所は、この七条のほかに四条と伏見稲荷にありました。当時は別段珍しい光景とは思っていませんでした。)

カメラを構えている自分がいる所は京阪電車七条駅の上りホーム。そして市電の向こう側に下り大阪方面行きホームと、まさにそのホームに入線しつつある大阪淀屋橋行き急行の姿が見えます。

この急行電車の位置関係から、まだ七条通りの交通が遮断されていなく、市電と乗用車が京阪電車の線路を横切っています。

今になって驚くべきことは、この踏切には七条通りの交通を遮断する警報機も遮断機も設置されていないということです。まあ遮断機は市電の線路と架線があるので設置できないのは判るんですが、警報機までもありませんでした。あったのはベルだけ。

2枚目の画像は、2010年現在の、1枚目の画像とほぼ同位置同アングルで撮影したものです。

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京都市電七条線は1枚目の画像の直後、1978年9月30日をもって廃止になりました。そして京阪電車七条駅は1987年5月に地下化されました。

2枚目の画像には、ここで電車同士が平面交差していた痕跡らしきものがまったく見当たりません。

1枚目の画像撮影時の立ち位置も、2枚目画像撮影時の立ち位置からもう少し画面の左側に寄ったあたりが正確だと思われます。が、そこには今は京阪七条駅への地下入り口があるため立つことができません。

京都市中心部で、前景と現景が大きく異なっている典型的な箇所と言えるでしょう。

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2010.07.19

定点写真 その4 京都 東山三条

しばらく休んでいた定点写真シリーズ、ネタ枯渇中につき復活します。

第4弾はやっぱり京都です。というか当分京都の定点写真が続きます。

Kyotoshiden7712181_2

1枚目の画像は1977年12月18日に撮影した、京都市内の東山通りと三条通りの交差点、つまり東山三条の様子です。

画面の左右を横切るのは、京阪電車京津線の車両です。この京津線とクロスしている、画面の手前と奥を走る線路は京都市電東山線です。

線路と線路がクロスする部分の架線の様子がよくわかります。こんな感じだったんですよね。今では松山市と高知市でしか見ることはできません。

で2枚目の画像は、2010年現在の、1枚目の画像とほぼ同位置同アングルで撮影したものです。

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京都市電東山線は1枚目の画像から9ヵ月経った1978年9月末に廃止になりました。また京阪電車京津線も1枚目の画像から実に20年近く経った1997年10月11日に地下化されました。京都市電が無くなった後も、20年近く三条通りの路面をガラガラと走っていたわけです。

架線が無くなったせいで交差点自体がずいぶん大きく広く見えます。

1枚目の画像のほぼ中央、「美濃吉」を指し示す看板がある建物が、塗色こそ変わったけれども健在です。その奥のほう、市電のすぐ右側に見える木造商店も健在です。ただ画像の右半分の建物は建て代わっています。

ここのマクドナルド、京都独特の「えんじ色」も使われていませんね。

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2010.07.10

JR西の車掌さんに言いたい

今回は鉄道ネタです。
ワタシ、ここ最近連続で、JR西日本の車掌さんに疑惑を抱く事例に出会いました。

事例その1
勤め帰りにJR京都線上り新快速に乗車していたときのこと。
快調に走行していた新快速が、向日町駅手前で突然急ブレーキがかかり停車してしまいました。

Hi362786

ほどなく車掌さんから
「この先の踏切で危険横断が発生しました。現在現場の確認中です。安全が確認され次第発車します」
というアナウンスが入りました。
そのアナウンスが終わった直後に、内側を並んで走る普通列車が、かなりのスピードで我らの新快速を追い抜いていくではありませんか(謎)
おいおい、その普通列車も、この先同じ踏切を通るんだろ?
安全確認のため停まらなければならないんと違うの?

事例その2
出張帰りに京都駅からJR琵琶湖線上り普通列車に乗り込んだときのこと。

Hi362193

まもなく発車というときになって女性車掌から
「お客様にお知らせとお詫びを申し上げます。この先京都〜山科間で踏切障害が発生致しましたため、この電車は安全が確認されるまで発車を見合わせます」
とアナウンス。
おいおい、京都〜山科間に踏切なんてないぞ(謎)
周りのお客さんの何人かも小声で同じ指摘してます。
しばらくしてから、踏切障害ではなく高架橋にトラックがぶつかったための安全確認という訂正が入りました。
が、この女性車掌、その後何回も高架橋にトラックがと言うところを踏切障害と言い間違いしてました。

それでワタシが抱いた疑惑。それは
「JR西日本は運転士のミス等で速度超過が発生し、ATC、ATSが作動して急ブレーキがかかって停車してしまった場合、とりあえず車掌は乗客に踏切障害だと伝えておけという悪慣習があるのではないか?」
ということです。
これだと事例その1が説明できるし、また「何かあれば、ひとまず踏切障害と言え!」とアタマに叩きこまれた女性車掌なら、事例その2のような行動をしてしまうでしょう。

ワタシの「考え過ぎ」というか「誇大妄想」であることを願っております。
そうですよね?JR西日本の車掌さん?

(なお本文と画像は関係ありません。あくまで当該車両のイメージ画像ということで)

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2010.07.04

ウチの3姉妹 琵琶湖でブルーギル釣り

琵琶湖の近くに2年あまり住むと、女の子であるにも関わらず、少なからず魚釣りに興味が湧くようでして、今日は朝から琵琶湖に3姉妹を引き連れてブルーギル釣りに出かけました。

釣り場所は葉山川河口のBiyoセンター裏の湖岸です。(参考までに、ここは駐車場とトイレがあり外来魚回収BOXが設置されています)

このあたりのブルーギルは、サイズにこだわりが無ければ簡単に釣れます。

仕掛けは釣具屋さんで市販されているブルーギル用で充分。フナ用仕掛けでも安価な川釣り用とだけ書かれている汎用仕掛けでも充分です。
エサもごはん粒でも、ちくわやソーセージのさいの目切りでもOKです。やつら貪欲ですから何でも食いついてきます。

現にウチの3姉妹、三女の「V3」なんか、ザリガニ釣り用の1mしかないサオに川釣り用仕掛けで挑みました。結果はこの通りです。釣りにまったくの初心者である10歳6歳4歳の3姉妹が、3人合わせて1時間で11匹釣り上げましたよ!

ワタシ、高校生の時、西武大津ショッピングセンター裏側の湖岸でモロコ釣りしたことあるんです。サオはいりませんでした。テトラポットの隙間から湖水に釣り糸たらせばモロコが釣れたんです。ウチの3姉妹にもそういう釣りをやらせてあげたかったな・・・と思いました。

今回書きたかったこと。それは「最近の滋賀県の小学校教育は、外来魚イコール悪という教え方が徹底しており、外来魚のキャッチアンドリリースなんて概念はありません」ということです。

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