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2014年5月の1件の記事

2014.05.25

母が亡くなりました

5月18日、実母が亡くなりました。

今になって、ようやくパソコンに向かう時間的余裕ができました。

とはいえ残念ながら、まだまだ悲しむ精神的余裕なんてありません。

亡くなったのは日曜日の21時過ぎ。
いきなり「葬祭業者の選定」という関門が来ました。
ウチの場合、両親が来るべき時に備えて、ある冠婚葬祭会社の募集するプランに積み立てをしていましたので、父が看護師にその会社を指定しました。

次は葬式の段取り決定です。
父が年老いているため長男であるワタシが喪主と決まりました。
次に水曜日が「友引」であるため告別式と火葬ができないことが判ったため、急ではありますが日曜日夜死去→月曜日夜通夜→火曜日昼間告別式という日程で葬式を実施することを決めました。
こういうことの決定と調整に集中していたため、小中高時代の友人に、この日程を伝えることを怠ってしまいました。

告別式の終わった翌水曜日から、各種手続きの開始です。

水曜日に行ったのは位牌の発注と、納骨、四十九日の実施日調整。
木曜日には役所へ出向いての各種届け出(というか健康保険や年金手帳などの返納)と、金融機関への届け出。
ここで金融機関より、相続に必要な書類の説明を受けます。
金曜日は、その相続に必要な書類の取得のため、相続人に関係する役所へ出向きました。

うん、混乱します。
それでも、やらなければならないことの優先順位付けや確認を行い、できるだけ効率的にコトをすすめています。
会社からは1週間のお休みをいただきましたが足りません。
今後も少なくとも3回は平日の休みが必要です。

そんなこんなで、まだまだ悲しむ余裕はありません。
涙ひとつ見せず、淡々と過ごしている有様は、周囲から見れば、ある意味無情というか非情に映ることでしょう。

こんな状態でも、ふと悲しく感じた場面が2か所ありました。

ひとつは斎場の祭壇にある遺影を見たとき。
遺影にある母の顔は、ここ最近の痩せ細った母の顔ではなく、元気な頃のワタシがよく知っている母の顔です。
あらためて亡くなったのが母であることの実感があふれました。

もうひとつは役所に保険証や手帳、敬老乗車証等を返納したとき。
ひとつの窓口に一挙に返納するのではなく、関連する窓口を順々にまわって、ひとつずつ返納するのです。
その際、母の生きていた証がひとつずつひとつずつ消えていくような感じがして、悲しくなりました。

しばらくブログもFacebookも更新できない・・・かな。
連絡が遅れた友人の方へ、すみませんでした。

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