カテゴリー「定点写真」の24件の記事

2017.01.31

定点写真その24 広島 原爆ドーム前

定点写真シリーズの第24弾は、広島県広島市中区の原爆ドーム前電停です。

1枚目の画像は1987年に撮影したものです。

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原爆ドームの前を「被爆電車」と称される650型652が走行しています。
この652号、今でも現役ですが、この当時は
・まだ冷房化されていない
・前面に菱形黄色の警戒塗装がある
という特徴のほか、2系統の運用に就いています。
当時の2系統は広島駅~己斐を指し、広島駅~宮島は系統番号を表示せず単に宮島線直通と呼称してました。
現在の2系統は、この広島駅~宮島のことを指すので、652号が就くことは絶対にありません。
また今の広島電鉄は「2号線」という呼び名を使用しています。

そして2枚目の画像は2014年8月に撮影した同一場所です。

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そうなんです。
同一場所だとは思うんですが、どうも特定できないんです。
それほど変化が著しいんです。
定点のポイントは画面左側中央の歩道上にあるバス停の場所です。
それなのに、旧景にある原爆ドームは樹木に隠れてまったく見えませんし、旧景には無かった電停がありますし、旧景の奥のほうに見られる駐車場は、今では存在していません。
ついでにバス停の名称も「市民球場前」から「原爆ドーム前」に変わっています。

確かに旧景にある駐車場は、何か殺風景な感じがしますが、それが撤去されて芝生と樹木に整備された今では、悲しき遺産の前ではあるものの美しい景観の形成がなされています。
また樹木の成長も目立ちますね。
この「定点写真」は24回目になりますが、「小ぎれいになった」と「樹木が成長した」という二つのポイントは、どこの地でも共通であるように思います。

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2015.07.12

定点写真その23 滋賀 京阪電車京津線上栄町

復活した定点写真シリーズの第23弾は、滋賀県 京阪電車京津線上栄町駅周辺の光景です。

1枚目の画像は1985年に撮影したものです。

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京阪電車京津線上栄町駅から西方に少し歩くと、国鉄東海道本線と京津線がクロスする地に到達します。
そのすぐ近くに、画像にある「妙光寺」というお寺があります。
「妙光寺」という名称のお寺は全国にたくさんあるのですが、この「妙光寺」は3枚目の画像にあるように、お寺への参道を京津線の線路が横切っている・・・というかお寺の境内に京津線の線路を敷設してしまったような光景が見られるので、ファンの間では少し有名なお寺です。

写っている電車は前年に竣工したばかりの600系ですね。

そして2枚目の画像は2015年現在の同一場所です。

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変わってませんね。
電車こそ現在の京津線の主である800系になった(600系は今も健在なんですが、通常はこの区間は走行しません)ものの、お寺の建物といい、背景の山並みといい、ほとんど変化はありません。
あえて指摘するなら架線柱が取り換えられたことと、ご多分にもれず木々が成長したことくらいでしょうか。

この定点写真シリーズも、これが23弾ですが、今回がその中でも過去と現在との変化が最も少ない定点写真となりました。

たまにはこういう「変化のない写真」も撮ってみたくなるものです。

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2015.06.17

定点写真その22 大阪 京阪電車寝屋川市駅

復活した定点写真シリーズ!
第220弾は、大阪府 京阪電車寝屋川市駅です。

1枚目の画像は1979年に撮影した京阪電車寝屋川市駅の光景です。

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ワタシが立っているのは上り京都方面行きホームの一番うしろ。
そこから下り大阪淀屋橋方面行きホームにまさに停車しようとしている枚方市発淀屋橋行きの準急をとらえたところです。
車両は5604。
この半年後に枚方市駅北方にて置き石で脱線することになる編成です。
下りホームの後方には「松竹」の文字が見えます。
てっきり映画館かな?って思ったのですが、ここからもう少し離れた場所に「寝屋川東映」があったものの、この場所に松竹系映画館があったというハナシは聞きません。
どなたか詳しい方!教えてください。

そして2枚目の画像は2015年現在の同一場所です。

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今回は、カンの良い方なら、タイトルを読まれただけで2枚目の「オチ」が判ってしまって、「おい!れじぇんど!!それはナイぞ!!!」ってお叱り受けそうです。

京阪電車寝屋川市駅は、昔のワタシが立っていた上りホームが1997年に、5604が停車している下りホームが1999年に高架化されました(爆)
2枚目の画像のアングルと位置は、これでも1979年の画像の撮影位置にできるだけ近づけたモノなんです。
これじゃ比較にならないって?
定点写真とはそういうモノです。
だって「定点」なんですから。

まあ、1枚目の画像の雰囲気を少しでも味わっていただくために、高架上のホームで撮影した画像を3枚目に載せておきます。
2枚目の画像を撮影した位置から15mほど上空に上り、ちょっとだけ右に振れた場所から撮影してます。

あらためて驚くのは、1枚目の画像、下りホームの背後に、背の高い建造物がほとんど見られないことです。
変わってしまいましたね。

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2015.06.14

定点写真その21 京都市伏見区 京阪電車呂ノ図子踏切

久々に復活する定点写真シリーズ!
その第21弾は、京都市伏見区 京阪電車呂ノ図子踏切です。

今回は今までと違って、先に現景の画像を載せます。

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現景は2015年6月、つまり今月に撮影した画像です。
ご覧の通り、特に何の変哲もない光景です。
画面手前から奥に向かっては上り坂になっています。
画面右側の塀のある敷地はコナミスポーツクラブです。
奥のほう、京阪電車が通過している踏切が「呂ノ図子踏切」です。

呂ノ図子踏切とは京阪電鉄本線の伏見桃山~中書島間にある、幅員5mくらいの小さな踏切です。
伏見区内のこのあたりは旧伏見城の城下町であり、細かい道路が碁盤の目のように整備されています。
そのため明治年間に開業した京阪電車の線路が、このあたりに敷設するにあたっては、それらの道路をまたぐ多くの踏切が必然的に設置されました。
呂ノ図子踏切は、伏見桃山~中書島間に8か所もある踏切の中で、伏見桃山から二つめにあたります。
道路は狭いのですが、クルマは一方通行ではありません!

その呂ノ図子踏切の、今から30年前、つまり1985年11月に撮影した画像を2枚目に掲載しました。

この旧景、よく見ると、けっこう味のある風景でしょう?

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画面右側、現景ではスポーツクラブになっている箇所は酒蔵だったのです。

踏切の手前に「踏切あり」の標識があります。
それも、今ではほとんど見られなくなった蒸気機関車バージョンです!
(もちろん京阪電車の線路上にSLが走行した事実はありません)

画面左側にちょっとだけ見えている民家の屋根だけが、旧景と現景の唯一といっていい共通点で、定点観測の根拠となっています。

正直ワタシも、この民家の屋根が無ければ、旧景がどの踏切だったのか判らないところでした。
この大きな変わり様に驚いたのとともに、こういう変化って電車に乗って通過しているだけでは本当に判らないものであることを痛感しました。

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2013.10.11

定点写真その20 堺市 南海浜寺公園駅前

定点写真シリーズ第20弾は、大阪府堺市西区 南海電車浜寺公園駅です。

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この駅舎は、かなり有名です。
というのもこの駅舎、日本銀行本店や東京駅などの設計で知られる辰野金吾氏の設計により1907年に建てられた、関西私鉄最古の木造平屋建て洋風駅舎です。
ハーフティンバー様式(柱や梁が表に出ているもの)の優美な姿で、1998年には国の登録有形文化財となっています。

2枚目の画像は、この浜寺公園駅舎を、駅正面の取り付け道路から2012年7月に撮影したものです。

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3枚目の画像は、変化がよくわかるように、2枚目の画像と同アングルで、少し引いた箇所から2013年8月に撮ったものです。

たった1年あまりで、大きな変化が見られます。
道路右側の家屋と商店がすべて無くなっています。
また道路左側の木造の不動産屋も無くなっています。
要は、古い家屋がすべて無くなってしまいました。

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この浜寺公園駅は連続立体交差事業により高架駅に改築されることが決定したからです。
工事と新駅のレイアウトの関係でしょうか、駅前の道路は拡幅され、また駅前広場も大きくなるようで、3枚目の画像のように、かつての駅前商店や家屋が移転を余儀なくされたようです。
文化財である洋風木造駅舎は、新高架駅の正面入り口として移築されるようで、無くなってしまうということはないようですが、この場所からは無くなってしまうことは確実のようです。

高架工事完成後にあらためて定点写真を撮ってみたいと思います。

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2013.10.09

定点写真その19 堺市 阪堺電車浜寺駅前

定点写真シリーズ、第19弾は阪堺電車浜寺駅前停留所です。

ここは阪堺電車阪堺線の終点にあたります。大正時代まで、この先、「浜寺公園」まで線路が伸びていたようですが、今では痕跡を探すのが難しいです。
なお「浜寺駅前」という名称は、すぐ近くにある南海電車「浜寺公園駅」にちなみます。

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1枚目と2枚目の画像は1978年12月に撮った、浜寺駅前停留所付近の光景です。

1枚目は駅に隣接平行している府道204号線(紀州街道)をまたぐ歩道橋上から撮影した駅舎の全景。
停車中の電車は恵美須町行き小型車モ216。
駅入り口から画面右側に歩くと、すぐ南海電車浜寺公園駅に突き当たります。
画面では見えませんが、この画面左方が浜寺公園です。

2枚目は駅から軌道敷に沿って北方に100メートルほど歩いた地点から、恵美須町行き電車を後追いで撮影した画像です。

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併用軌道といえば併用軌道ですが、足元の道路は未舗装ですね。
軌道敷は簡易アスファルト舗装されていますが、なんかこうガタガタって感じですね。
それに架線を支えているのは、張架線ではなく鳥居型の架線柱です。
なんか専用軌道のような面持ちです。
電車はこれも小型車のモ250です。

3枚目は1枚目の画像と同位置同アングルの光景を2013年8月に撮影したもの。

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手前の樹木が成長して、駅舎を覆い隠してしまいました。
また旧景で駅舎の奥に隣接していた、青い屋根のアパートは無くなりました。
同じく駅舎向かいにあった酒屋さんも無くなりました。
代わりに南海電車浜寺公園駅方に高層マンションが建っています。
また平行する府道204号線と浜寺公園駅に向かう道路とのT字路には道路信号機が付けられています。
これはむしろ35年前には無かったことのほうが意外かな。

4枚目は同じく2枚目の画像付近の現在の姿です。
軌道敷と道路が鉄柵で隔てられているのが大きな変化です。
それにともない道路のほうが舗装されています。

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一方で軌道敷にあった中途半端なアスファルトは撤去されています。
架線柱だけは変化がありません。

ここが大きく変わるのは、この阪堺電車のほうではなく、南海電車の浜寺公園駅のほうなんです。
次回の第20弾で定点写真を載せてみます。

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2013.10.07

定点写真その18 堺市 阪堺電車 大小路

定点写真シリーズ第18弾は、大阪府堺市堺区 阪堺電車大小路です。

1枚目の画像は1978年12月10日に撮影した、阪堺電車阪堺線大小路停留所の上りホームから北方を見た光景です。

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画面中央の電車は恵美須町発浜寺駅前行きモ130です。
落ち着いた深緑の塗色が印象的です。

電車の後方遠方にそびえるのは電電公社の電波塔。
画面右端には岡三証券の看板。
フクスケの大型看板が目立っています。

2枚目の画像は、2013年9月に撮影した1枚目と同位置同アングル。

33年が経って、どれほど変っているかと思いきや、意外に大きな変化がないというのが率直な感想です。

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線路が敷設されている「大道筋」が、その線路との併用区間以外が狭くて、堺市内を南北に貫く幹線とまでいえないからでしょうか、オフィスビルが林立しているということもなく、クルマの通行量もさほど多くはないです。
それでもさすがに高い建物は増えています。
旧景の右側に見えていた岡三証券は5階建てに変わっています。
樹木の成長ぶりは目を見張るものがあります。
旧景にあった電電公社の電波塔は、NTT西日本堺ビルの塔として健在です。
ただしNTTの窓口自体は閉鎖されています。

個人的に印象的なのは、旧景の線路部に敷かれている、美しい敷石なんです。
乳白色の花崗岩の石が、規則正しくキレイに敷設されています。
交差する大小路筋を行きかうクルマのタイヤに磨かれているからでしょうか。
画面後方の道路と区分された軌道敷の色と比べると、その白さが目立ちます。

この軌道敷は、現在では2枚目の画像のようにコンクリートに替えられました。
保守のことを考えたら当然の措置と思われますが、ちょっと残念です。

現在、旧景のような白い敷石のある軌道敷って、あまり見られなくなったのです。
敷石の軌道敷は長期間自動車に踏まれていると、どうしてもデコボコしてしまうので、コンクリートやアスファルトで固められた軌道敷にどんどん更新されて姿を消しました。
広島市の広島電鉄には、敷石の軌道敷がまだまだ残されていますが、ここは軌道敷への自動車乗り入れが原則禁止されていますので、デコボコすることが無い代わりに、敷石がタイヤで磨かれることもありません。
そのため敷石には、電車のブレーキ部や車輪から飛散した鉄粉が付着し、それが雨水によりサビるため、軌道敷全体が赤茶けた色になっています。
だから白い敷石の軌道敷って、本当にありそうでないのです。

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2013.10.05

定点写真その17 大阪 阪堺電車 住吉

定点写真シリーズ第17弾は、大阪市住吉区 阪堺電車上町線と阪堺線が交差する住吉停留所です。

1枚目の画像は1979年3月に撮影した、阪堺線と上町線が交差する住吉停留所の光景です。

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画面左側の電車は恵美須町発浜寺駅前行きモ124.
一方の右側の電車は天王寺駅前発住吉公園行きモ302です。

モ124のほうは、当時の南海電鉄大阪軌道線の標準色ともいえる深緑色。
一方のモ302はOMRON広告電車の雲形塗装です。

画像のとおり、上町線と阪堺線が平面交差しています。
画面右下方と右上方を結ぶ線路は上町線天王寺駅前方面と阪堺線我孫子道方面を結ぶ渡り線です。

2枚目の画像は、2013年9月の1枚目と同位置同アングル。

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実はここは34年経っても、さほど光景に変化は無いと思っていたんです。
現に線路の配線は、形状も含めて旧景と変化がありません。
ところがモ302の後方、交差部の北東角にあたる部分の建物がかなり変わってしまっているのが意外でした。
画面右後方の建物(病院です)のみ、増築部分こそあるものの、ほぼ旧景通りの姿を留めています。
行きかっていたモ124とモ302は、共に廃車となって現存しません。

もっとも変化したのは、電車の運行本数でしょうか。
今では平常時では、このように阪堺線下り電車と上町線下り住吉公園行きが「かぶる」光景は、なかなか見られなくなりました。
阪堺線の運転間隔が年々広がってきているのが要因と思われます。

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2013.10.03

定点写真その16 大阪 阪堺電車 姫松

定点写真シリーズ第16弾は、大阪市阿倍野区 阪堺電車上町線の姫松停留所付近の様子です。

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1枚目の画像は1978年に、姫松停留所から北へ100メートルほど歩いたところから、隣の北畠停留所方向を向いて撮った画像です。
画面の中の電車は天王寺駅前発我孫子道行きモ174です。
OMRONの広告電車として雲形塗装されています。

線路が敷設されているのは元熊野街道です。
この道路、北畠停留所北方から帝塚山四丁目停留所まで上町線の線路が敷設されていますが、その併用部が終了する先はいずれも狭隘道路となっていることから、通り抜けるクルマが少なく、比較的安全に撮影ができるようになっています。

2枚目の画像は、2013年9月の1枚目と同位置同アングル。

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全体的には、35年前とほとんど変化がありません。
旧景にある建物は、塗色や細部が変わったものの、ほぼ旧景通りです。
なので撮影場所の特定は簡単でした。
1978年当時には小さかったと思われる樹木が成長したため、画面右側に枝葉が写りこんでいます。
旧景と同じくモ174が来ることを期待しましたが、残念ながらモ174は既に廃車解体されています。
しかし同型のモ161型は、まだ9両が現役なので、非冷房車でも走行できる季節や、正月の住吉大社参拝客用輸送体制時なら、今も旧景とほぼ同じ風景が撮影できるチャンスがありますね。

この姫松停留所には上りホーム(というか安全地帯)側の道路に屋根付き待合所があります。
が、反対側の下り方には、そのような待合所はありません。
かわりに3枚目の画像のような表記と、ひょっとしたら地元の方々の善意で置かれたかもしれないベンチがあります。

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2013.10.01

定点写真その15 大阪 阪堺電車阿倍野駅

定点写真シリーズ、第15弾は阪堺電車「阿倍野駅」です。

この阿倍野駅は阪堺電車上町線の駅として現役です。
ただ今回取り上げる画像は、その中でも1980年に廃止された平野線の電車を主として取り上げています。

1枚目と2枚目の画像は1978年11月に撮った、阿倍野駅の光景です。

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1枚目に写っている電車は天王寺駅前発平野行きで、ここ阿倍野交差点で上町線から平野線へ進路を東に変えているところです。
交差点の南東角から北西方向を向いて撮っています。
画面手前から左方向へ向いている線路は平野線の線路です。
この先、飛田まで併用軌道で進み、今池で阪堺線につながっていました。
普通、路面電車が交差点内をカーブして転線するときは、交通信号は黄色矢印のみを点灯させ、自動車の進入を遮断しました。
そのためこのように交差点内に電車しか存在しない光景が簡単に撮れました。

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2枚目は交差点南西角から北東を向いて撮ったものです。
画面手前の電車は恵美須町発平野行き、画面奥の電車は、この平野行きが通り過ぎるのを待っている平野発天王寺駅前行き電車です。
頭上の高価は阪神高速松原線です。
画面右側に見えるプレハブは地下鉄谷町線工事現場の詰所?と思われます。
そのプレハブの後方にチラリと平野線恵美須町行きホームが見えますね。

3枚目は1枚目の画像と同位置同アングルの光景を2013年9月に撮影したもの。

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旧景とは大きく変わりました。
阿倍野再開発のため、電車の背後に存在した建物が完全に置き換わっています。
とても同じ場所とは思えません。
また、あべの筋が再開発と同時に拡幅されるため、背後の建物の立つ敷地は、以前より2車線分西側に移動しています。

4枚目は同じく2枚目の画像の現在の姿です。
旧景の「近畿相互銀行」なんですが、銀行名が「近畿大阪銀行」に変わり、歩道を覆う大きな雨よけヒサシが設けられたものの、よく見ると建物自体は当時のものであることがわかります。

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電車の架線を支える金属製の架線柱も健在です。
ただその架線柱のサイドの樹木が、この35年の間にすさまじく大きくなっています。
旧景が何となく殺風景だったのと比べると、やや温かみのある光景になっています。
それにしても高い建物が増えましたね。

ここは上町線が健在であるのに加えて、地下鉄谷町線の地上入口もありますから、かつての平野駅、股ヶ池駅跡地と比べると、人通りの多さは変わりません。
やっぱり「電車の駅」って、「バス停」よりは人を引き付けるものなんでしょうか。

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