カテゴリー「旅行・地域」の73件の記事

2018.08.26

2018年夏の震災遺構 その4「気仙沼向洋高校」

この夏訪れた震災遺構を紹介するその4は「気仙沼向洋高校」です。

不謹慎ではありますが、ここを選んだ理由というのが、当時の津波によるがれきが今もそのまま残されているという情報を得たからなのです。

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実際に行ってみました。
1枚目の画像のように、本当に津波で流されてきたのであろうメチャクチャに壊れたクルマが数台、がれきと共に校舎の間に挟まった状態で残されていました。
思わず息を飲みました。
というのも、これまたたいへん不謹慎な表現で申し訳ないのですが、それまでに訪れた三か所の震災遺構は、周囲が整地されたうえに、がれきが撤去されているので、あの震災直後の惨状と目の前の遺構が「信じられない」くらいリンクしなかったのです。
一方、こちらの高校は、このクルマ以外にも、校舎や建物が破壊された状態のまま、がれきともども残されていたので、津波の恐ろしい破壊力をまざまざと見せつけられて衝撃を覚えたのです。

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この2018年8月の段階においては、私はこの残存している校舎やがれき、クルマに近寄って見ることはできませんでした。
というのもこの校舎は震災遺構としての保存が決まり、2019年3月からの公開を目指して整備工事が行われているからなのです。

ここから離れるとき、妻であるみせすれじぇんど氏と
「そもそもこの高校って、なぜ駅や市街地から遠く離れた、通学には不便なところに建てられたのだろう?」
「本当だ!周囲には飲食店・文房具店はおろか人家ひとつ無さそうだし・・・」
なんて話していたのですが、実際は「あの日」までは周囲に人家も商店もあったのに、津波に根こそぎさらわれたのでは?という思いに到達したとき、本当におそろしい、やるせない気持ちになりました。

今回は被災者の方々からみて不謹慎な言葉が多くあったと思います。
申し訳ありません。

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今回は足を延ばそうと思えば、石巻の大川小学校跡にも行けたのですが、犠牲になった児童がかわいそうでかわいそうで・・・高ぶるものが大きすぎて行けませんでした。
いつか真正面から児童の冥福を祈る心構えができたときに必ず訪れてみたいと思います。

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2018.08.25

2018年夏の震災遺構その3 南三陸町防災対策庁舎

この夏訪れた震災遺構、その3は「南三陸町防災対策庁舎」です。

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この遺構は震災直後から様々な媒体により当日の状況および惨状が詳しく伝えられており、私自身も今回必ず訪れたい遺構として認識していました。
実際に来てみたところ、1枚目の画像のように遺構の周囲は土地のかさ上げと整地工事が進められており、この2018年8月の段階では遺構の近くに立ち入ることはできません。



遺構から少々離れた、同じ高さの土地に献花台が設けられていました。
お線香をあげさせていただきました。

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遺構を見下ろせる高さの土地に「南三陸さんさん商店街」があり、お盆休み明けの平日午前にもかかわらずそこそこの数のお客が訪れています。
その一方で同じ南三陸の復興商店街である「ハマーレ歌津」は、面していた国道が整地工事のため一時的に付け替えされたため、クルマで訪問するお客からは、つい見落としてしまう立地になってしまい集客難に陥ったそうです。

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それでこの遺構「防災対策庁舎」を見た感想なんですが・・・
やはり「信じられない」なんです。
その理由というのが
1、遺構の周囲の土地がかさ上げされて取り巻く様相が変わったこと
2、まとわりついていたがれきが撤去され、鉄骨の赤茶色い塗色が鮮明に浮き出て、何か新設された建物のように見えること
の2点につきます。

この遺構は恒久的保存が決定したようですから、整備された折には再び近くまで立ち入ることができるようになるでしょう。
その折に再訪したいと思います。

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2018.08.24

2018年夏の震災遺構その2 旧女川交番

この夏訪れた東日本大震災の震災遺構。

その2は「旧女川交番」です。

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あの日、女川町には高さ15メートルほどの津波が襲い、鉄筋コンクリート2階建ての女川交番は、この通り基礎部分が引きちぎられるように横倒しとなりました。

今回はクルマで現地に赴いたのですが、ネットで公開されている旧女川交番の所在地をカーナビにセットしてもうまくたどり着けません。
津波による破壊と、その後の復興事業による道路の付け替えで、被害の大きかったところは、もはやカーナビが無用の長物になってしまっています。
この旧女川交番も、なかなかたどりつけなかったあげく、ハマテラスにクルマを停めて地元の方に尋ねようと思ったところへ、そのハマテラスの道路はさんで海側に、コンクリート建造物がゴロンと寝転んでいるのを偶然見つけました。

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写真で見て想像していた旧女川交番に比べると、そのコンクリート建造物はより大きいので最初は違うのかな?と思ったのですが、案内看板があったのでようやく確信しました。

建物の周囲は草地となり、さらに外郭部を整地された道路や土地が取り囲んでいるので、被災前の交番周囲の市街地の状況、およびネットで見た被災直後の交番の状況が想像できません。
ここも旧野蒜駅と同様「信じられない」というのが率直な感想です。

2018年8月現在、この旧女川交番の建物には近づくことができません。
周囲はすべて整地中で、建物の周囲にはこれらの画像を撮った、かさ上げされた新設道路以外には道はありません。

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この旧女川交番は正式に震災遺構として横倒しのまま保存され、それを取り囲むようにメモリアルパークが2020年7月完成予定で設置されることになっています。
このような画像も歴史的経緯になりそうです。

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2018.08.23

2018年夏の震災遺構その1 旧野蒜駅

この夏、東日本大震災以来はじめて東北を訪れました。
「震災遺構」を、私自身の眼で見ると同時に、ウチの3姉妹つまり私の娘たちにも見せておきたかったのです。
私は阪神淡路大震災のときには埼玉県草加市在住で、東日本大震災のときには滋賀県草津市在住、つまりこのふたつの大震災には遭遇しませんでした。
なので東日本大震災の「震災遺構」が残っているうちに、それらを見てまわり、自分の自然災害に対する心構えへの戒めとすると同時に、あらためて被災された方々に深く哀悼の意を表したいと思ったのです。

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今夏は4か所の「震災遺構」を訪れました。
今回の記事は2018年8月の状況を歴史的経緯として残すものであって、今後は震災遺構として恒久的保存や整備されるにしたがい、大きく状況が変わることが予想されます。

あくまで「2018年8月の状況」として捉えていただきたいと思います。

その1は「仙石線旧野蒜駅」です。

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仙石線野蒜駅は東日本大震災の津波により大被害を受けました。
1996年に奥松島観光情報センターを併設したうえで新築された駅舎は、3枚目の画像のこいのぼりの上部に引かれているラインまで浸水。
仙石線は復旧に際して、線路が約500メートルほど内陸部に移設され、野蒜駅もその移設された線路上に移転することになり、2015年5月に復活営業再開されました。
残された旧駅舎は野蒜地域交流センターとファミリーマート東松島野蒜駅店となり、さらに2016年に「震災復興伝承館」となりました。
今回訪れたのは、この震災復興伝承館と、保存された旧野蒜駅プラットホームです。

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1枚目の画像は、その旧プラットホーム。
がれきが完全に撤去されたので、架線こそないものの今にも列車がやってきそうな様相です。
ただ2枚目の画像のように、ホーム上に遺された駅名板は津波の影響で曲がっており、さらに下り線の線路の一部が、どういう理屈のせいか山側にむかって大きく湾曲しています。
4枚目の画像は駅舎2階の震災復興伝承館のエントランスに飾られている、自動券売機等の駅備品。
特に券売機の破壊加減が相当なものです。

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駅周辺はがれきがすべて撤去され、整地が進み、(震災復興伝承館に飾られている写真にある)震災直後の惨状の面影はありません。
様々な意味で「信じられない」というのが率直な感想です。

なお震災復興伝承館の女性職員さんには、震災時の詳細な状況説明をしていただきました。
本当にありがとうございました。
東松島町の一日も早い完全復興を祈っております。

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2017.06.17

久々に吉祥寺に来てみたが

先週土曜日に武蔵野陸上競技場でサッカー観戦をした帰りに、実に10年ぶりに吉祥寺に行ってみました。

とにかく「住みたい街 No.1」ということで、いろんな媒体で取り上げられ、関西にいててもイヤでもその名を聞かされる街ですが、ワタシ2004年度の1年だけ、ここを仕事で担当したことがあります。
その当時に思っていたのですが、吉祥寺ってあまり「キレイ」って印象が無かったんです。
ハモニカ横丁って、正直キレイとは言い難いし、焼き鳥のいせやだってシロートや一見さんはちょっと入りにくい大衆店でしょう?

それと当時驚いたのは駅の公園口を出たところの、あの飲食店が立ち並ぶ狭い道路をバスが頻繁に通ること。
平日の昼間はともかく、土日の午後のあの多くの人通りをかきわけてバスが走る光景は、ハモニカ横丁や近鉄裏に加えて「ここが本当に若いヒトに人気のある街なのか?」と思わせるに十分でした。

そして、今回10年ぶりに観た風景は画像の通りです。

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変わってませんでした(笑)
このまま変わらずにあってほしいと思います。

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2016.08.18

歴史的街並みを3つ

今のワタシ、仕事の出張・個人的な旅行で、いわゆる「歴史的街並み」に巡り合うチャンスがいくつかあります。

ここにあげた3か所は、いずれもここ1年以内に訪問したことがあるところばかりです。

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まず1枚目の画像は島根県津和野町。

足元の石畳まできれいに整備されています。

津和野って、ひょっとして山口県じゃないかと思っておられる方、いませんか?
津和野は島根県です。
ついでに萩は山口県です。
そう、萩と津和野は同一県にあるんじゃありません。

2枚目は広島県竹原市です。

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NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」でものすごく知名度があがったところです。

ただ、この街並み、マッサンを機に整備したものということではなく、それ以前から景観保存地区に指定され、きれいに整備されています。
まあ、マッサンを機に新設された見物箇所もゼロではありませんけどね。

3枚目は岐阜県恵那市の岩村地区です。

岩村といえば岩村城址や五平餅・みたらし団子が有名かもしれませんが、この岩村町本通りの景観は見ごたえがあります。

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いい意味でもっとも生活感が感じられるのは岩村です。
いまも多くの方々が普通に居住されていますし、多くの商店が現役です。

それと3地区に共通しているのは、地域の方々や小中学生が、ワタシのような門外漢の旅行者に対しても、会うと必ずご挨拶されること。
これはある意味驚異であって脅威です。
ものすごくあたたかく迎えられているとも言えるし、監視されているとも言えます。

というか昔は、日本全国どこでもそうだったんじゃないでしょうか・・・

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2015.01.10

ついに流山有料道路も無料化へ

ワタシ、このブログで、今からかなり以前(2007年10月)に

今日から無料の松戸野田有料道路

って記事を書きました。

その記事の中で、松戸野田有料道路より流山有料道路こそ、早く無料化できないもんかと書き、皆様からも賛同のコメントいただいていました。

その流山有料道路ですが、千葉日報によると、どうやら4月から無料化されるようです。

記事を要約すれば
・日本一短いことで知られる「流山有料道路」(全長500m)が4月から無料化。
・周辺地域の開発などで通行量が想定を上回り建設費の償還が早く終了した。
・予定より7年も早い無料化。
・元々は流山IC自体が、地元からの要望で設置されたもの。一般道路への接続道路が必要なため、県が通行料で建設費を賄う形で整備し、1992年に県道路公社が管理する有料道路としてスタート。

ということになっています。

ワタシ、初めてこの流山ICを利用したとき、常磐道の通行料金とともに流山有料道路の通行料もいっしょに徴収いたしますって表記を見ましたが、その流山有料道路ってどこにあるのかと思いました。
そんなの、まさかICへの取り付け道路が有料道路なんて思ってもいませんでしたもん。

まあ、思わぬ誤解を招きそうな有料道路がいよいよ無くなるということで、あの独特の「何か損した気分」を味わうことも無くなりますが、ちょっと寂しい気もします。

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2014.04.20

津和野にて

facebookにも記述したように、ワタシ、先ごろ仕事とはいえ初めて津和野に行ってまいりました。

そこで気づいたことをみっつばかり書きたいと思います。

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ひとつめは津和野は島根県であること。
うっかり山口県だと思ってました。
JRの線名が「山口線」だし、近くの有名な観光地で、津和野とセットで訪れる方が多い「萩」が山口県であるからです。

ふたつめはヒトが少なかったこと・・・
4月の平日ということもあって観光客は少ないです。
さらにJR山口線が昨年7月の豪雨災害以来、今も地福~津和野間が運行休止状態になっています。
つまり山陽新幹線新山口駅からの直通列車が無い状態であり、列車での来訪客が制限を受けています。

そしてみっつめは、町なかで出会う小中学生、高校生が、必ずワタシに対して
「こんにちわー」、「おはようございます」
とあいさつしてくれること。
学校や家庭で普段からそうするように指示されているからだとは思いますが、あいさつされてイヤなことはないですし、良からぬ輩にとっては心理的にツラいでしょうね。
こういうふうに欠かさずあいさつを交わされたのは香川県の小豆島以来でした。

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1枚目の画像は津和野の中心部殿町通りの夕景。
2枚目の画像は(再出ですが)小豆島にある、世界一幅の狭い海峡としてギネス認定されている土渕海峡です。

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2014.03.21

これがヘリ空母の遠景です

呉市にて入港してくるのを見かけました。

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(ちょっと判りにくいですが)艦首にある番号は182です。

ということは、この艦はひゅうが型護衛艦「いせ」ですね。

全通型のヘリコプター発着甲板を装備したヘリ空母です。

こうやって遠くから眺めたら、航空機用空母にも見えます。

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2013.09.09

チョコレートフォンデュを食してみました

先月に訪れた長崎県佐世保市のハウステンボス。

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とにかく、ものすごく暑かったんです。
あまりの暑さに、ウチの3姉妹でさえも、おみやげを買う気力を無くしていました。

実際に訪れた方ならご存知と思いますが、フェアウェルゲートから出国(出場ですね)したところに、TDRと同じく大きなスーベニアショップがあります。
おサイフ握っている親からみれば最終関門、子ども達にとってはラストチャンスなワケですが、バテ気味のウチの3姉妹、ススーッと通過(笑)

そんな状況下、みせすれじぇんど氏が「これならいいかな」と買ってみたのが、2枚目の画像にあるチョコレートフォンデュでした。

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あまりの暑さだから、チョコレート買っても、またたくまに無残に溶けてしまいます。
が、フォンデュなら・・・オッケーですね。

しかも園内で宿泊したホテルヨーロッパの朝食バイキング会場に、このチョコレートフォンデュがあったんです。
チョコレートが「滝」みたいになってて、ウチの3姉妹が気に入ってパクついてました。

帰宅2日目にさっそく食べてみましたよ。

うん、おいしかった!

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これって、普通に売られているものなんでしょうかね?
ウチの3姉妹、すっかりお気に入りです。

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